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東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)118号 判決

一 原告の請求の原因及び主張の一ないし三は当事者間に争いがない。

そこで、本件審決にこれを取消すべき違法の事由があるかどうかについて考えてみる。

二 本件発明の明細書に記載されている「結合剤含有セメント」の意味について

本件発明の明細書(成立について争いのない甲第三号証特許公報参照)の特許請求範囲に記載されている「結合剤含有セメント」は、その意味が明確ではないが、明細書の発明の詳細な説明には、「本発明は、形のあるアスベストーセメント生成物を製造するための成形方法を供与するもので、アスベストと、セメント含有結合剤と、水と、後に定義するハイドロ変型剤(hydromodifier)とを含む混合物を調製し、……」(特許公報第二頁右欄第三一行ないし第三五行)、「本発明により、全混合物の重量につき、水硬セメントより成る結合剤一〇%乃至八五%、アスベスト一・〇%乃至六〇%、ハイドロ変型剤〇・〇五%乃至一〇%および水一四%乃至五〇%より成る成形されたアスベスト製品を形成するのに用いる押出し可能または鋳造可能な混合物が与えられる。」(第三頁右欄第一三行ないし第一八行)、「セメント結合剤としては、適当な水硬性セメントだけを用いてもよいし、他のセメンテイング剤を助剤として添加してもよい。」(第一八頁右欄第二七行ないし第二九行)という記載があり、これらの記載から、右「結合剤含有セメント」は、「セメントを含有する結合剤」の意であると解される。

三 原告は、本件発明における「セメント」は「水硬性セメント」を指すものであることは明らかであるところ、引用例には水硬性セメントについて記載されるところがないと主張する。

セメントは、広義では、水で練つたとき硬化性を示す無機質接合剤であり、狭義では広義のセメント中その大部分を占めるポルトランドセメントをいうものであり、広義のセメントは、本件特許出願当時には、気硬性セメント(水中で硬化せず、空気中で硬化するもの。)と水硬性セメント(水中、空気中で硬化するもの。)に大別されていたことが、成立について争いのない甲第二五号証によつて認められるところ、本件発明でいう「セメント」は、特許請求の範囲においてなんらの限定を付して使用されていないから、右の気硬性セメント、水硬性セメントを含んだ広義のセメントを意味するものであることが明らかである(本件発明でいうセメントが前記狭義のセメントすなわちポルトランドセメントのみを意味するものでないことは、本件明細書の発明の詳細な説明中に、本件発明方法に使用しうるセメント材料としてポルトランドセメントのほかに、過硫酸化スラツグセメント、カルシユウムアルミネートセメント等が挙げられている―第一八頁右欄第二九行ないし第四〇行―ことからも明らかである。)。もつとも、本件明細書の発明の詳細な説明には、「セメント結合剤としては、適当な水硬性セメントだけを用いてもよいし、他のセメンテイング剤を助剤として添加してもよい。本発明方法に使用しうる多種多様のセメント材料が知られており市販されている。なるべくは、用いるセメントは、アルカリ型、すなわち、水と混合するとpH七以上のスラリーを与える水硬性セメントを使用すべきである。ポーランドセメントは特に有用で、この系統のセメントはすべて満足すべき機能を果たすようである。使用されうる別の水硬性セメントとしては、過硫酸化スラツグセメント、カルシウムアルミネートセメント、天然セメント、ポソラーナ(Posslana)セメント、石灰および類似の材料がある。上記した種々の型の水硬性セメントは、……」(第一八頁右欄第二七行ないし第四一行)、「本発明独特の利点を発揮するアスベスト―セメント湿潤混合物は、水硬性セメント一〇ないし八五% アスベスト一ないし六〇% ハイドロ変型剤〇、〇五ないし一〇% セメンテイング助剤五五%以内 水一四ないし五〇% 充填剤、色素あるいは類似の物質二五%以内 の大体の組成を有する組成物である。」(第二頁右欄第四七行ないし第三頁左欄第九行)という記載があり、また実施例としては、ポーランドセメント(ポルトランドセメント)、過硫酸化スラグセメント、カルシウムアルミニウムセメント等水硬性セメントに属するもの(前掲甲第二五号証参照)のみが記載され気硬性セメントに属するものの実施例は記載されていないから、本件発明でいう「セメント」は「水硬性セメント」に限られるかのごとくであるが(ただ前掲本件明細書第一八頁右欄第三九行にはセメント材料として石灰が挙げられており、石灰は前掲甲第二五号証によれば気硬性セメントに分類されているけれども、本件明細書の前掲第一八頁右欄第二七行ないし第四一行の文言の体裁からみて、そこでいう石灰は、前掲甲第二五号証の分類上水硬性セメントに属する水硬性石灰を指すものと解すべきである。)、明細書の発明の詳細な説明に記載された事項をもつて出願発明の内容を限定的に解釈すべきではない(特許法第七〇条参照)から、本件発明でいうセメントは、前説明のように、広義のセメント、すなわち、気硬性セメント、水硬性セメントを含んだものをいうものと解すべきである。

四 ところで、第二引用例(成立について争いのない甲第五号証)には、審決が認定するようにアスベストを含む充てん剤に、気硬性セメントに属する焼石こう(甲第二五号証参照)を結合剤として混合し、これにセルロースエーテル水溶液を添加してペーストをつくり、このペーストを加圧下押出成型することよりなる、建築材である石こうポード、モールデイング、押出成形部材例えばラギングパイプ等の製法の発明が記載されており、水溶性メチルセルロースの添加により繊維質充てん剤は塊りとなることなく所望の形状に容易に成形されることが示されている(第一頁第九行ないし第二二行、訳文第一頁第一〇行ないし第二頁第四行、第三頁第二〇行ないし第三一行、訳文第一一頁第三行ないし第一〇行、第一頁第八一行ないし第二頁第一七行、訳文第四頁第一〇行ないし第五頁第一二行、第二頁第八二行、第九九行、第一一八行ないし第一一九行、訳文第八頁第五行ないし第六行、第九頁第二行、同第一三行)。

五 本件発明でいう「ハイドロ変型剤」は、アスベスト―セメント湿潤混合物を加圧成形するに際して該混合物が脱水しないようにすることを目的とするものであり(明細書第三頁左欄第三一行ないし第三九行)、メチルセルロースもその中に含まれている(同第四頁右欄第七行ないし第二〇行)ところ、第二引用例においてもセメント成形品を加圧成形する際に脱水を防止するためにメチルセルロースを含むアルキルセルロースエーテルの水溶液を添加する(第一頁第五〇行ないし第二頁第一七行、訳文第三頁第六行ないし第五頁第一二行)点で、両者はその目的とするところが同一であり、前記の点に関するかぎりその構成も同じであるといわなければならない。

六 そうすると、本件発明でいうハイドロ変型剤が前記のメチルセルローズ以外のものを含むとしても、審決のいうように、本件発明の解決すべき課題は既に第二引用例に具体的に開示され、しかも脱水防止のために用いるものが具体的に開示されている以上、他にどのような物質が右の目的を達成しうるものであるかの選定をすることは、当業者が容易になしうることであると認められる。

七 なお、仮に本件発明でいうセメントが水硬性セメントをいうものであると限定解釈され、その点で気硬性セメントに関する発明である第二引用例とは用いる原材料について異なるところがあるとしても、そのことから本件発明が第二引用例から容易に発明しえたものであることを否定しなければならないということにはならない。なぜなら、原材料としての水硬性セメントも気硬性セメントもともにセメントであり、本件発明も第二引用例のものも解決課題及び解決手段が同一であるからである。

八 以上のとおりであるから、第一引用例についての判断はともかくとして、第二引用例をひいて、これから、本件発明は容易に発明することができたものと認め、特許法第二九条第二項により特許をうけることができないとした本件審決には、これを取消すべき違法の点はない。

九 よつて本件審決の取消を求める原告の請求を棄却する。

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